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東京高等裁判所 平成6年(う)310号 判決

主文

原判決中、被告人A及び同Bに関する部分を破棄する。

被告人A及び同Bをそれぞれ懲役一七年に処する。

原審における未決勾留日数中、被告人Aに対しては三五〇日を、同Bに対しては三二〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人Aから、押収してある小切手一通(東京高裁平成六年押第一一九号の2)の偽造部分を没収する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人Aについては弁護人宮田桂子作成の控訴趣意書に、被告人Bについては弁護人石坂基作成の控訴趣意書及び意見書に、これらに対する答弁は検察官小川良三作成の答弁書二通にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

(被告人A関係)

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は、原判示罪となるべき事実第一の一及び二として、被告人Aに対し殺人、詐欺未遂の共謀共同正犯を認めたが、(1)被告人Aは、被害者殺害の実行行為に加担していない上、殺害の具体的な方法を提案したり、殺害によつて利益を得たりもしておらず、原審相被告人C子(以下「C子」という。)が発案する方法を被告人Bにメッセンジャーボーイとして伝えていたにすぎないのであつて、このような関与の程度で被告人Aを殺人の共謀共同正犯に問うのは酷に過ぎ、教唆ないし幇助の成立を認めれば十分であるし、また、(2)被告人Aは、保険金騙取の実行行為に加担していない上、保険の内容等について知らず、被害者が死ねば保険金が入るといつた漠然とした認識しかないところで被害者殺害に関与したにすぎないのであつて、詐欺未遂の幇助に問われるのはやむを得ないにしても、共謀共同正犯を認めるのは誤りである、したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人Aに原判示罪となるべき事実第一の一及び二の殺人、詐欺未遂の共謀共同正犯が成立することは優に認められ、原判決には所論指摘のような事実誤認は認められない。

すなわち、関係証拠によれば、被告人Aは、夫Dに掛けられている多額の生命保険から保険金を騙取することを企てたC子から、Dの生命保険金から多額の報酬を出すとして、同人殺害の実行方ないし実行犯の仲介方を依頼され、実行犯探しを引き受け、被告人BにD殺害の実行方を持ち掛け、一度は断られたものの、報酬二五〇〇万円、うち手付金二〇〇万円、残り二三〇〇万円は保険金から出すとの条件で同被告人から承諾を取り付けたこと、被告人Aは、C子が右手付金を作るため同人名義のトヨタソアラを売却する際、同道し、同人から二〇〇万円を預かつて、うち一六〇万円を手付金の一部として被告人Bに渡し、四〇万円は自ら取得したこと、被告人Aは、C子との間で、仲介料名目でベンツ一台を購入して貸してもらうことを取り決めていたほか、C子を金づると考えており、同人から被告人Bの報酬分を差し引いた残りの保険金を何らかの形で巻き上げようと考えていたこと、被告人Aは、C子と被告人Bの間に入り、被告人Bに殺害実行の催促をしたり、殺害に当たりDをおびき出す段取りをしたりしたが、被告人BにおいてDの捕そくに何度も失敗したため、C子から被告人Bともどもしつたされるに及び、被告人ら三名は改めてD殺害の決意を確認し合つたこと、その後、被告人Aは、C子から確実にDを捕まえて殺害するため睡眠薬を使用することを提案され、被告人Bにその旨伝えるとともに、同被告人から睡眠薬ハルシオンを受け取り、これをC子に手渡すなど、殺害に向けての段取りを進めたこと、そして、C子において、Dをスナックに誘い出し、飲酒中の同人に右睡眠薬を飲ませて仮睡状態に陥らせ、C子から連絡を受けた被告人BがDを原判示のとおり殺害するに至つたこと、被告人Aは、被告人BからD殺害の報告を受けるとともに、同被告人と一緒になつて、犯行を隠ぺいするため、使用した車両を群馬県の山林内に捨てるなど、証拠隠滅工作を行つたこと、Dの死体が発見された後、被告人Aは、被告人Bから報酬の催促を受け、C子にその旨伝え、同人は、これを受け、原判示のとおり、自己が受取人になつている日本生命扱いの生命保険金の支払い方を請求したほか、他社扱いの生命保険金についても受取人になつている子供らを代理して同様の請求をしたことなどが認められる。

以上の事実関係によれば、確かに、被告人Aは、Dに対する殺害並びに保険金騙取の実行行為には、いずれも直接加担してはいないが、D殺害については、C子と被告人Bの間にあつて、単に連絡役の立場にいたのではなく、時には被告人Bに対し実行を催促したり、時には実行に向けて種々段取りを試みたり、積極的に重要な役割を演じており、また、三名で最終的にD殺害の決意を確認し合うなど、三名が一体となつてD殺害に向けて行動しており、犯行後も被告人Bとともに証拠隠滅工作等にかかわつているのであつて、その関与の程度からして、教唆ないし幇助の域を越えるものであることは明らかであり、また、被告人Aは、D殺害に関し仲介料等としてC子から多額の金員を得ようとしていたのであつて、被告人Bらの行為を利用してその意思を実現しようという関係にあつたことが認められ、被告人AにC子及び被告人Bとの殺人の共謀共同正犯が成立することは明らかであるというべきである。また、保険金騙取についても、被告人Aにおいて、C子が保険金騙取の目的でD殺害をもくろんでいることは、C子とのやり取りの中で十分察しが付いていたと認められ、そうだとすると、Dの殺害が実行されれば、C子が右保険金騙取の実行行為に出ることも当然予期していたと認められるのであつて、しかも、被告人Aが意図する仲介料等の多額の金員はその保険金から出捐される見込みであつたというのであるから、同被告人も保険金取得に大きな利益を感じていたことはいうまでもなく、したがつて、同被告人にとつては、C子との間に、同人の行為を利用してその意思を実現しようという関係があつたことも明らかであつて、このような事情にかんがみると、所論指摘のように、被告人Aにおいて具体的な保険内容等について知つていなかつたなどの事情があつたにせよ、D殺害の共謀をなすに際し、同時に、保険金騙取についても、C子との間(被告人Bについては後述)で暗黙のうちに共謀があつたものというべきである。しかも、被告人Aは、捜査段階から原審公判の途中までC子らとの共謀を含めて本件事実を認めていたのであり、いずれの共謀もなかつたとする所論は、採用することはできない。

なお、所論は、被告人AがD殺害に加担したのは、C子の立場に同情したからであつて、専ら金員を得る目的からではないことから、同被告人と保険金騙取とのかかわりが薄いことをるる指摘し、保険金騙取の共謀がなかつたことの一理由として主張するが、被告人AのD殺害加担の動機は、後記のとおり、専ら金員を得る目的であつたことは明らかであり、所論は採用することができない。

以上の次第で、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役二〇年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人Aが、(1)C子及び被告人Bと共謀の上、C子の夫(ただし、犯行時は戸籍上離婚していた。)であるDを殺害してその生命保険金等を騙取しようと企て、被告人BにおいてDを殺害し、さらに、被告人C子においてDの生命保険金の支払い方を請求し、右保険金を騙取しようとしたが未遂に終わつた、(2)C子ほか二名と共謀して、C子が甲野設備工業株式会社(以下「甲野」という。)から窃取した小切手用紙を利用して甲野名義の小切手を偽造した上、これを行使して金員を騙取しようとしたが、その目的を遂げなかつた、(3)C子が事務所として賃借していた建物に侵入しこれに放火したが未遂に終わつたという犯行を幇助した、という殺人、詐欺未遂、有価証券偽造・同行使、建造物侵入幇助、非現住建造物等放火未遂幇助の事案である。

本件各犯行について、その情状をみてみるに、まず、(1)の各犯行については、被告人Aが、夫Dに掛けられている多額の生命保険から保険金を騙取することを企てたC子から、D殺害の実行方ないし実行犯の仲介方を依頼されるや、C子を金づると考え、仲介料等として同人から多額の金員を得られるともくろんで、実行犯探しを引き受け、被告人BにD殺害の実行方を持ち掛けて同被告人から承諾を取り付け、以後、被告人ら三名共謀の上、原判示のとおり、D殺害に及び、その後、C子においてDの生命保険金(災害死亡時四〇〇〇万円)の支払い方を請求し、右保険金を騙取しようとしたというものであり、金に目がくらんだ利己的な犯行であつて、動機において全く酌量の余地がないこと、殺害の態様も、C子において、Dをスナックに誘い出し、飲酒中の同人に睡眠薬を飲ませて仮睡状態に陥らせ、C子から連絡を受けた被告人Bが、Dを海に投棄しようと自動車で搬送中、同人が身動きしたのを見るや、路上に引きずり降ろし、あらかじめ用意していた鉄パイプで頭部等を滅多打ちした上、胸部付近を車の前後輪で四回もれき過し、なおも同人を車のトランクに押し込んで搬送し、排水路に投棄してでき死させたというもので、計画的かつ残虐非道である上、事故死の仮装を試みるなど極めて悪質であること、被害者は頭部等一〇か所に挫創や創傷を負つたほか左右一三本の肋骨を折るなどしており、でき死して一か月余り後に発見された際の姿は見るも無残であり、結果はまことに重大であること、被告人A及び同Bは、D殺害後、犯行を隠ぺいするため、使用した車両を群馬県の山林内に捨てるなど、徹底した証拠隠滅工作を行つており、C子も、当初の計画どおり、生命保険金の支払い請求の手続きを進めるなどしており、D殺害後の被告人らの行動にも無視できないものがあること、必ずしも平和な家庭生活ではなかつたものの、十数年連れ添つた妻であるC子らにより、生命保険金騙取の目的から四三歳の働き盛りの年齢で生命を奪われた被害者の無念さは察するに余りあること、被告人Aは、C子の働き掛けによつて本件犯行に関与するようになつたものであり、また、D殺害の実行行為に直接かかわつたわけではないが、実行犯として被告人Bを担ぎ出した上、C子と被告人Bの間に入つて殺害に向けて種々段取りをし、また、C子がDに飲ませた睡眠薬の入手に当たるなど、重要な役割を演じていること、犯行関与に当たり四〇万円を利得していることなどに徴すると、犯情はすこぶる悪いといわなければならない。

なお、所論は、被告人AがD殺害に加担したのは、C子から、Dに何度も暴力を振るわれ、子供までその犠牲になつており、このままでは自分も子供も殺されてしまうなどと聞かされ、その立場に同情したからであつて、専ら金員を得る目的からではない、と主張し、被告人Aも、原審及び当審公判においてこれに沿う供述をしている。また、記録によれば、C子も、原審公判になつて、Dを殺害した主たる動機は、同人の暴力から逃れるとともに、子供たちをDとの無理心中から守るためであつたなどと供述している。確かに、関係証拠によれば、C子が、結婚以来、Dからしばしば暴力を振るわれたことがあること、被告人Aが、C子からD殺害の実行方ないし実行犯の仲介方の依頼を受けた際やその後のC子とのかかわり等の中で、同人からDの暴力のことなどを聞かされていたことが認められるが、記録によれば、被告人Aは、捜査段階において、C子を金づると考え、D殺害の実行犯の仲介料等として同人から多額の金員を得られるともくろんで、殺害に関与した旨、その動機について供述しているところ、その内容は、詳細かつ具体的で、暴力団に属し、生業に就かないで暮らしていた同被告人の考えとして極めて自然であり、また、現に、同被告人は、同様な考えのもとに前示(2)及び(3)の各犯行に及んでいることからして、右供述は十分信用することができること、これに対し、被告人Aの前記公判供述の内容は、出会いからさしたる日時も経ていなく、格別C子に対する思い入れがあるわけでもない(関係証拠によれば、同被告人がC子と二度肉体関係を持つたことが認められるが、互いに打算による行動であることは、双方とも自認するところである。)のに、殺人という重大な犯罪に加担する動機としては、余りにも不自然であること、被告人AからD殺害の実行方を持ち掛けられた他の関係者の供述調書を見ても、金目当ての話であることしかうかがわれないことなどに照らすと、前記公判供述は、自己の刑責を軽くせんがための弁解であることは明らかである。したがつて、所論は採用の限りではない。

また、(2)の犯行は、被告人Aが、C子から、在職中甲野に無断で振り出し割り引いた手形が不渡りとなり、その後始末の金を工面するための相談を受け、分け前に預かるつもりで、C子や自己の仲間と一緒になつて、C子が窃取した小切手用紙を使つて犯行に及んだものであり、さらに、(3)の犯行は、被告人Aが、C子から、多額の火災保険が掛けられている事務所に放火するようしきりに頼まれ、これを断つたものの、同人自ら放火するのを手伝うよう持ち掛けられ、分け前に預かるつもりで、原判示罪となるべき事実第四のとおり、同人の事務所建物への侵入及び放火の手助けをしたというものであり、いずれの犯行も動機、態様とも悪質であるというべきであることなどに照らすと、これまた、犯情は芳しくない。

以上の各犯行に関する情状のほか、被告人Aには、原判決挙示の再犯となる前科を含め、懲役前科が三回あること、暴力団に属するなど、生活状況もよくなかつたことなどにかんがみると、同被告人の刑事責任はまことに重大であるといわなければならない。

しかし、被告人Aは、いずれもC子に誘われ本件各犯行に関与するに至つたものであつて、(1)及び(2)の各犯行については、終始C子が主導的であり、実行行為にも関与しておらず、かつ、(1)の実行犯である被告人Bに対し指揮等するなどの主従の関係もなく、また、(3)の犯行は幇助であること、(1)の犯行は、保険金目的の殺人と保険金詐欺という犯罪類型の一つであるとはいえ、多額の保険を掛けて犯行に及ぶといつた典型的なものとは異なり、しかも、被告人Aにとつては、保険金そのものの取得を目指したというよりは仲介料等をもらうことを考えていたのであつて、その出所が保険金であるというにすぎないこと、Dに対する残虐非道な殺害態様は、当初から予定されていたものではなく、被告人Bにおいて一気に殺害することができなかつた事情によるものであること、被告人Aは本件を深く反省していること、所属していた暴力団を離脱していること、妻と離婚し子供らとも別れることになつたことなど、被告人のために酌むことができる諸事情を考慮すると、被告人を有期刑の処断刑期の範囲内でその上限である懲役二〇年に処した原判決の量刑は、C子に対する量刑(無期懲役)を考えに入れてみても、いささか重きにすぎ、不当であるというべきである。

論旨は理由がある。

(被告人B関係)

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は、原判示罪となるべき事実第一の二として、被告人Bに対し詐欺未遂の共謀共同正犯を認めたが、被告人Bは、D殺害の報酬を、C子が原判示生命保険金を騙取することによつて支払うことまでの認識・認容はなく、被告人Aの言葉から、Dの不動産が処分されて支払われることを期待していたにとどまるのであつて、C子及び被告人Aとの間で右保険金騙取のための共謀は存在しないから、詐欺未遂罪については無罪である、したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人Bに原判示罪となるべき事実第一の二の詐欺未遂の共謀共同正犯が成立することは優に認められ、原判決が(補足説明)で認定説示するところは正当として是認することができるから、原判決には所論指摘のような事実誤認は認められない。

すなわち、関係証拠によれば、被告人Bは、C子から頼まれてD殺害の実行犯探しを引き受けた被告人Aから、右殺害の実行方を持ち掛けられ、一度は断つたものの、報酬二五〇〇万円、うち手付金二〇〇万円、残り二三〇〇万円は保険金から出すとの条件で承諾したこと、その後、被告人Bは、同Aから右条件に従い一六〇万円を手付金の一部として渡されたこと、被告人Bは、同Aとともに、なかなかD殺害が実行されないことにいらだつたC子から、きびしく実行を促されたが、その際、同人から、早くやらないと保険が切れる旨言い渡されたこと、被告人Bは、同Aと殺害方法について話し合つているが、そこでは事故死に見せかけることがポイントになつており、実際、被告人Bは、当日、Dを車に乗せ、車ごと海に沈めようと山の下埠頭に向かおうとしており、ただ、途中でDが動き出したため原判示の方法で同人を殺害するに至つたこと、被告人Bは、Dの死体が発見された後、被告人Aに対し報酬の催促をしており、C子は被告人Aからその旨伝え聞いて、原判示のとおり、生命保険金の支払い方を請求したことなどが認められる。

以上の事実関係によれば、被告人Aについて説示したのと同様であり、被告人Bにおいても、C子が保険金騙取の目的でDの殺害をもくろんでいること、したがつて、同人殺害後C子が保険金騙取の実行行為に出ることは十分認識しており、しかも、同被告人が意図する報酬は保険金から出捐されるという話であつたというのであるから、同被告人が保険金取得に大きな利益を感じていたことはいうまでもなく、同被告人にとつて、C子との間には、同人の行為を利用してその意思を実現しようという関係があつたことも明らかであつて、所論指摘のように、同被告人において具体的な保険内容等について知らなかつたなどの事情があつたにせよ、D殺害の共謀をなすに際し、同時に、保険金騙取についても、C子及び被告人Aとの間で暗黙のうちに共謀があつたものというべきである。ところで、被告人Bは、原審公判において、被告人Aからの保険金殺人の話は断つた、再度同被告人からD殺害を持ち掛けられた時は、C子の自宅を売つて報酬を払うと言われ、保険金の話は出なかつた、C子からD殺害を促された時も保険料云々という話は出ていないなどと、所論に沿う供述をし、C子や被告人Aも、原審公判の途中からこれに見合う供述をしている。しかしながら、もともと保険金目的による殺人として持ち掛けられていることは当然察しが付いていたにもかかわらず、報酬の出所が異なることでよしとして殺人の実行を引き受けるというのは、いかにも不自然不合理であること、被告人Aから報酬の出所としてC子の自宅の処分という話もあつたにせよ、殺人を引き受ける者としては、どちらから報酬を支払つてもらおうと意に介さないのが普通であり、仮に保険金からの支払いはもはや考慮の外にあつたなどというのであれば、自分は保険金騙取には一切かかわらない旨、被告人Aに念を押すなどして、その共犯関係になることを避ける態度に出るのが自然であるが、証拠上そのような事実は認められないこと、その他、被告人Bの捜査段階の供述等をも併せ考えると、同被告人の前記公判供述は、到底措信し難いものというべきである。所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人Bに対する法令の適用において、殺人の罪について有期懲役刑を選択し、同罪と詐欺未遂罪との併合罪加重に当たり刑法一四条の制限を判示していながら、確定裁判のあつた罪との間での併合罪処理に当たり、同条の適用ないしその趣旨を何ら顧慮することなく、同被告人を懲役二〇年に処しているが、これは、一般論という意味でもさることながら、本件の具体的な結論としても妥当とは思われず、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

記録によれば、被告人Bには、原判決挙示の確定裁判(賭博開帳図利罪により懲役一年二月、四年間執行猶予)があること、原判決が所論指摘のとおりの法令の適用により被告人Bに対し懲役二〇年に処したことが認められる。所論の趣旨は、要するに、確定裁判のあつた罪と本件の殺人罪及び詐欺未遂罪とが同一の審理で行われれば、殺人罪で有期懲役刑を選択した場合、併合罪加重しても刑法一四条の制限により上限は二〇年であるところ、別々の審理で行われたことにより、原判決のように、本件の殺人罪及び詐欺未遂罪について併合罪加重し刑法一四条の制限内で懲役二〇年に処すると、これと確定裁判のあつた罪により処された刑とを合わせて受けることになり、結果として同一の審理が行われた場合との間で不均衡が生じ、かつ、刑法一四条の趣旨が生かされなくなるのではないかと指摘するものと思われる。しかし、併合罪につき数個の裁判があつたときは、その執行に当たつては、併合罪の趣旨に照らし、刑法五一条ただし書のほか、同法一四条の制限に従うべきものと解するのが相当であり、したがつて、有期の懲役又は禁錮の場合に、通じて二〇年を超えて刑の執行を受けることはなく、所論のように宣告刑の刑期において調整をしなければならないものではないというべきである。したがつて、所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人Bを懲役二〇年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人Aについて述べた(1)の殺人及び詐欺未遂の事案であるところ、その情状は、被告人A個人に関するものを除き、同被告人について説示したとおりであること、被告人Bは、D殺害の実行犯として重要な役割を演じているほか、犯行関与に当たり手付金として一六〇万円を取得していること、その他同被告人の前科、生活状況等に徴すると、被告人A同様、犯情はすこぶる悪く、刑事責任はまことに重大であるといわなければならない。

なお、所論は、被告人Bには、D殺害の動機・目的として生命保険金を騙取することはなかつた、と主張するが、前示のとおり、直接の動機・目的としては報酬を得ることにあつたにせよ、そのことは、ひいては生命保険金を騙取することにつながるものであり、この点を犯情として無視することができないことはいうまでもなく、したがつて、所論が保険金騙取目的の殺人としての実体をも否定するものであるとすれば、採用の限りではない。

しかし、被告人Bは、被告人Aを通じC子から本件犯行を誘われたものであつて、殺害の実行行為こそ担当したものの、終始C子が主導的で、半ば同人にけしかけられるように殺害の実行に至つており、また、保険金騙取の実行行為には一切関与していないこと、被告人Bは、保険金そのものの取得を目指したというよりは殺害の報酬をもらうことを考えていて、その出所が保険金であつたというにすぎないこと、D殺害の態様の残虐非道さも、一思いに殺せなかつた被告人Bの弱さから来たものとみることができること、被告人Bは本件を深く反省していることなど、同被告人のために酌むことができる諸事情を考慮すると、同被告人を有期刑の処断刑期の範囲内でその上限である懲役二〇年に処した原判決の量刑は、C子に対する量刑を考えに入れてみても、いささか重きにすぎ、不当であるというべきである。

論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決のうち被告人両名に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して各被告事件について更に判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実にその掲げる法令(刑種の選択、併合罪の処理、さらに被告人Aについては、科刑上一罪の処理、再犯加重、従犯の減軽を含む。)を適用し、その処断刑期の範囲内で被告人両名をいずれも懲役一七年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中、被告人Aに対しては三五〇日を、被告人Bに対しては三二〇日をそれぞれ右の刑に算入し、主文掲記の小切手の偽造部分は、原判示偽造有価証券行使の犯罪行為を組成した物であつて何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項を適用してこれを被告人Aから没収し、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項ただし書を適用していずれも被告人両名に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 長島孝太郎 裁判官 毛利晴光)

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